取締役が全員辞任・死亡し「取締役ゼロ」の状態になると、会社は意思決定ができない"機関不全"に陥ります。本記事では、裁判所の招集許可・仮取締役選任という法定手続から、最高裁判例に基づく「株主全員同意による招集」という即時対応まで、登記実務に基づき分かりやすく解説します。
取締役が全員退任・死亡した場合の手続完全ガイド|裁判所手続と最高裁判例を踏まえた実務対応を司法書士が徹底解説

取締役が全員辞任・死亡し「取締役ゼロ」の状態になると、会社は意思決定ができない"機関不全"に陥ります。本記事では、裁判所の招集許可・仮取締役選任という法定手続から、最高裁判例に基づく「株主全員同意による招集」という即時対応まで、登記実務に基づき分かりやすく解説します。
【目次】
- 取締役が全員退任・死亡したときの会社の状態
- 法定手続①:裁判所の株主総会招集許可(会社法297条4項)
- 法定手続②:仮取締役選任(会社法351条)
- 最高裁判例に基づく「株主全員同意による招集」
- 法定手続と判例手続の実務比較(箇条書き)
- 取締役選任後の役員変更登記の流れ
- FAQ(よくある質問)
- まとめ
1. 取締役が全員退任・死亡したときの会社の状態

取締役が全員不在になると、会社は以下のような**重大な機能停止状態(機関不全)**に陥ります。
- 株主総会を招集する権限者がいなくなる
- 代表取締役も存在しないため、契約・銀行手続ができない
- 法人名義の銀行口座が凍結または利用不可になる可能性
- 行政手続・許認可更新が止まる
- 役員変更登記も申請できない
特に「死亡」による退任の場合、
- 権利義務取締役として残る制度が適用されず"即日・完全不在"となる
辞任の場合は、
- 後任選任まで権利義務取締役として残りうるが、実務上はすぐに後任選任が必要
いずれにせよ、緊急に株主総会を招集して取締役を選任する手続が必要となります。
2. 法定手続①:裁判所の株主総会招集許可(会社法297条4項)

取締役が不在となり、株主総会を招集できない場合、株主は裁判所に「株主総会招集許可」を申し立てることができます。
裁判所が許可を出せば、申立てを行った株主が総会を招集できます。
● 裁判所が招集許可を出すための典型的要件
- 会社に取締役が不在であること
- 申立人が株主であること
- 緊急性や必要性があること
● 主な提出書類(例)
- 申立書
- 株主であることを証明する資料(株主名簿・登記簿謄本)
- 取締役不在を証明する資料(辞任届・死亡の証明等)
- 定款
- 必要に応じて会社の状況説明書
● 利点(箇条書き)
- 裁判所が関与するため法的安定性が最も高い
- 株主間の争いがある場合でも利用可能
- 後日のトラブル防止に有効
● 欠点(箇条書き)
- 結果が出るまで数週間かかることがある
- 手続が煩雑で専門家のサポートが必要になることが多い
3. 法定手続②:仮取締役選任(会社法351条)

裁判所は、利害関係人(株主等)の申立てにより、会社のために「仮取締役」を選任することができます。
仮取締役は、株主総会の招集を含む必要な職務を行えます。
● 主なポイント
- 株主総会を招集する「権限」が与えられる
- 取締役会設置会社・非設置会社いずれでも利用可能
- 任期は裁判所が定める期間に限定
● 利点(箇条書き)
- 法的な安定性が非常に高い
- 株主間の対立があるケースでも利用できる
- 手続の正当性を強く担保できる
● 欠点(箇条書き)
- 裁判所手続のため時間がかかる
- 費用(報酬)負担が発生することがある
4. 最高裁判例に基づく「株主全員同意による招集」

● 最高裁昭和40年10月28日判決の趣旨※
- 株主全員が事前に同意した場合、招集手続に瑕疵があっても株主総会は有効
- したがって、取締役が不在でも株主全員が同意すれば、株主が招集者となり得る
※株主全員が同意しているとということは、株主訴訟で株主総会の決議がひっくり返ることはないということ。
● 結論
株主全員の事前同意があれば、裁判所を通さず株主自身が株主総会を招集できる。
● 利点(箇条書き)
- 裁判所手続を経ずに即日招集が可能
- コストゼロ
- 実務上、最速で役員体制を復旧できる
● 欠点(箇条書き)
- "全員一致"が絶対条件
- 一人でも反対・連絡不能者がいる場合は不可
- 後日の争いが起きた場合、裁判所手続より弱い
● 必須資料(箇条書き)
- 株主全員同意書
- 株主総会議事録(招集者:株主)
- 新任取締役の就任承諾書
- 資格証明書(場合により)
● 登記で受理されるか
→ 必要書類が整っていれば通常受理される。
司法書士実務でも多数の先例がある。
5. 法定手続と判例手続の実務比較(手続きのまとめ)

● 法的安定性
- 裁判所手続:非常に高い
- 株主全員同意招集:後日の争いに弱い
● スピード
- 裁判所手続:数週間
- 全員同意招集:即日可能
● 株主間の関係
- 裁判所手続:不一致・対立があっても利用可能
- 全員同意招集:一人でも欠けると不可能
● コスト
- 裁判所手続:申立費用・専門家費用発生
- 全員同意招集:ほぼゼロ
● 実務判断(総合)
- 株主関係が良好・少数 → 全員同意招集が最速で最適
- 株主が多数・対立がある → 裁判所手続一択
6. 取締役選任後の役員変更登記の流れ

- 株主総会で新任取締役を選任
- 議事録を作成
- 新任取締役の就任承諾書を取得
- 辞任・死亡による退任資料を添付
- 2週間以内に役員変更登記を申請
- 代表取締役選定が必要な場合はその議事録も添付
- 印鑑届出(代表者が実印を変更する場合)も必要
7. FAQ(よくある質問)

● Q1:死亡した取締役は権利義務取締役として残る?
→ 残りません。死亡は当然退任であり、権利義務取締役制度は適用されません。
● Q2:株主全員同意招集の"全員"とは誰?
→ 議決権を持つすべての株主。
※相続発生時は「相続人全員」が対象。
● Q3:全員同意招集で登記は通る?
→ 必要書類(同意書・議事録)が整っていれば通常受理されます。
● Q4:株主が連絡不能の場合はどうする?
→ 全員同意方式は不可。裁判所手続を利用します。
● Q5:裁判所手続と全員同意、どちらが一般的?
→ 株主数が少ない中小企業では「全員同意」が最も多い。
株主構成が複雑な会社では裁判所手続が多い。
8. まとめ
- 取締役が全員退任・死亡すると会社は重大な機関不全に陥る
- 解決方法は「裁判所手続(招集許可・仮取締役)」と「株主全員同意招集」の3つ
- 株主全員の関係性が良好なら、判例に基づく"全員同意招集"が最速
- 株主間で対立や連絡不能がある場合は、裁判所手続が必須
- 選任後は2週間以内に役員変更登記が必要
実務では状況に応じた判断が不可欠です。
会社の機関不全は緊急性が高いため、迷う場合は専門家に相談することをおすすめします。

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